水道水とアスベスト

   2015/01/27

suidounojyaguchi
水道水とアスベストについて書いてみる。2002年のジャパンスケプティクス(JapanSkeptics)で行われた記念講演は、天羽優子さんの「健康によいと宣伝されている水」だった。天羽優子さんは「クラスターの小さい水」「マイナスイオン」「活性水素」などについて批判的に解説した。

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講演後のシンポジウムで、同会運営委員の池内了氏は、中島定彦氏から指名を受け飛び入りで発言。「10億人の人々が水に不足しているのです。そういう世界の状況の中で、体に良い水など何を言っているのですかと説教したい」と、消費者の水道水に対する不安や不信感を居丈高に叱りとばした。(Journal of the JAPANSKEPTICS Vol.13)

池内了氏の発言は、事前に何の用意もできていないところに発言「させられた」ことはあるが、それでもいささか遺漏のそしりを免れない。

「青い鳥」を求めるように「健康によい水」を求めている消費者もいるかもしれないが、ニーズの本質に、水道事業の不作為に対する不安があることも見落としてはならないと思う。

たとえば、日本の水道事業者は、水道水中にアスベストが何本ぐらい混入しているか、ということを聞いても教えない。

東京都(23区)は、石綿セメント→初期ダクタイル→新型ダクタイルと水道管を取り替えているが、初期ダクタイル管の内壁モルタル塗装にアスベストが含まれているという一部の指摘に反論していない。

その点は、最近になって筆者が地元の区や東京都に問いただし、「鋳鉄管内面のモルタルライニングには、アスベストは含まれておりません」との回答を得た。しかし、これも「初期ダクタイル管は」という主語はついていない。

混入本数についてはあいかわらず無回答である。とにかく、この点で国民には情報が十分に公開されているとはいえないのだ。

WHOなどでは、アスベスト入り水道水は飲用なら無問題だとしているが、「クボタショック」などで国民のアスベストの関心が高まったのだから、安全性の確認とともに国民の信頼を得る意味でも、事業者が実証的なデータを公表するのは当然の責務だろう。

全頭検査や履歴管理まで行い、世界一(過剰とさえいわれるほど)のセキリティを徹底させるBSE問題と対照的ではないか。

牛肉を食べない者はいても水を飲まない者はいない。

ましてや、水道水に対する消費者の不安は、それが飲用だけに用いられるわけではないこともある。ある大学の測定では、水道水に混入するアスベストはクロシドライトが多いという報告もある。

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浄水器事業者の中には、今や全国でも石綿セメント管の使用が3%台に減っているにもかかわらず、20%以上使われていた時代の測定値を使って、消費者を脅す手口を使っている者がいる。

これはもちろん非科学的でアンフェアなやり口ではあるが、水道事業者がきちんと数字を示さないため、それに噛み合う反証ができない憾みがあるのだ。

ジャパンスケプティクスが、この問題を素通りしていいのだろうか。

国民が、そんな水道水に不安を感じているなら、それは国民を責めることではなく、悪徳業者と共に、情報を提供しない事業者側を責めるべきではないだろうか。

悪徳業者の横行が、行政や企業の不作為とコインの裏表の関係があることぐらい、疑似科学批判にかかわっている者ならきちんと認識し、それを前提とした啓蒙を行うべきではないだろうか。

そもそも池内了氏は、同会で「疑似科学は社会動向を見ろ」と繰り返し述べているではないか。

講演&池内了氏の発言は「クボタショック」の前だというかも知れない。

しかし、水道水のアスベストはその前から問題になっていたことは事実だ。一般の国民ならともかく、科学者として人前で発言(しかも説教)をするなら、それは理由にならないと思うがどうだろう。

ましてや、講演は「ショック」前でも、載録された機関誌が制作されたのは、「ショック」から1年以上も経った2006年の7月である。いくらでもアスベスト水道水について情報や論考を補足することはできたはずだ。

その意味で、これは発言者個人ではなく、機関誌の編集責任者、さらには現執行部全体のセンスや見識を問う問題かもしれない。

筆者は、同会の機関誌について9~12号の編集を行っていたが、「Vol.13」については会のルールが守られない作り方がされ、筆者はオミットされたまま役員会を去った。

もし、筆者が関わっていたら、天羽優子氏ら専門家が協力してくれるなら理解を助けていただき、発言に上記の件も補足をすることができたかもしれないので残念でならない。

いずれにしても、この「水道水とアスベスト」問題において、書籍やWebサイトのような一般人が気軽に確認できる場できちんと「コインの裏表」を指摘した専門家は、筆者の知る限り中西準子氏ただ一人である。

そして、「政策科学」という言葉で、問題解決の方法論に文理の協働を説いたのは宮本憲一氏である。いつも思うのだが、なぜ、ジャパンスケプティクスにそういう仕事ができないのだろう。

もっとも、筆者はジャパンスケプティクスの役員をやめて以来、疑似科学批判者のサイトや掲示板などを見ないようにしているので、以上の認識が古かったり間違っていたりするかもしれない。そのときは正しい答えを教えていただきたい。

まともな意見や情報なら気持ちよく頂戴するし、必要なら後に訂正する。

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