人の葬式でも勧誘する新興宗教の信者たち

   2015/03/03

新興宗教の信者たち
新興宗教にハマッた親類がいる。それ自体は「信教の自由」だが、彼らはそれだけではおさまらないから困っている。

伝統的な宗教の檀家と、新興宗教の信者のいちばんの違いは、前者が個人的価値観における信仰であるのに対し、彼らは信仰以上に、他者をその教団に入信させることに熱中する点である。

たとえば、玄関の戸を開けると立っているのは、輸血を拒否するアノ団体の人であり、郵便ポストにしょっちゅうビラが入っているのは、手かざしの某団体である。

そのカルトな親類とは、冠婚葬祭で顔を合わせる以外、特別親しくしているわけではない。

だから、いつどのような経緯で入ったかは知らないが、配偶者の他に子供も入信し、毎日のように地元の道場に通っているようだ。まあ、他人を入れる前にまず肉親から、というのは彼らにとって当然のことなのだろう。

カルトな親類は、普段は勧誘しない。が、勧誘してはならないときに勧誘する。

縁者に葬式があると、悲しい行事のはずなのに、まるで待ち望んでいたように妻子を連れてやってくる。

妻子にとっては1度も見たことのない人にでも、「お別れをしたい」と言って家族揃って来るのだ。

何も知らない人は「義理堅いなあ」と思う。私も最初はそう思った。

ところが、彼らはお通夜で知り合った人の住所を聞き出して、後日その地区の信者を勧誘によこしたり、ひどいときには、よりによって告別式の日に遺族に対して勧誘のチラシを配ったりするのだ。

後者のような、いちばん人間が弱っているときにそこにつけこむやり方が、私には許せない。

一言言ってやろうと思ったが、彼らはマインドコントロールされて、いいことをしているつもりでいるから、正面切って言ってもケンカになるだけだ、とたしなめる別の親類がいたので踏みとどまった。

聞けば、その別の親類の家で不幸があったときも、カルトな親類は同じことをしたらしい。

そこで注意しておいてくれれば、後に何度もそんなことをするようなことはなかったかもしれないのに。

勧誘すること自体は犯罪ではないだろうが、場をわきまえない非常識さは非難されるべきだ。

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