マスコミ報道の背後を見るセンス

   2015/02/14

報道の背景を読め
マスコミ報道の背後を見るセンスについて書いてみます。具体的には、小沢一郎氏の件です。民主党は7日夕の党役員会で、去る4月26日の無罪判決を受けて小沢一郎氏の党員資格停止処分を解除する手続きに入ることを決めました。ネットでは捜査報告書が流出しています。

検察審査会なる密室機関が「強制起訴」に持ち込んだ直後、私は小沢一郎氏の懐刀、平野貞夫氏の書籍『日本一新』をプロデュースしました。

民主党の「小沢系」議員がこぞって読んだと聞きましたが、引用するときは書籍名ぐらい書いてくださいよ、『日刊ゲ×ダイ』さん(笑)

私自身は小沢一郎氏とは何の接点もなく
とくに政治的に強く支持するとかいうこともなかったのですが
(たとえば私は小選挙区制に反対ですから)

この件に限っていえば

小沢一郎氏の好き嫌いの問題ではなく
政策を支持するかとないかの問題でもなく
検察の強引な捜査と検察審査会まで使った
大がかりな罪人作りの仕掛けが問われていると
思ったので、平野貞夫さんにお願いして
書籍を作りました。

平野貞夫さんは、国会歴50年の大重鎮ですが
私ごときの要求に快く応じてくださり
私も満足のいく仕事ができました。

で、そのころは、とにかくマスコミのアンフェアな報道と
「小沢一郎はなんとなく怪しい」というムードが国民に
蔓延していましたが

民主党とマスコミが、いつまでも小沢一郎氏を目の敵にし続けることから、
だんだん懐疑的なセンスを持つ国民が気づき始め

また、期待を裏切り続けても政権に居座る民主党を
ぶっ壊してほしいという期待感から
多少、小沢一郎氏を再評価する傾向も感じられます。
(マスコミは相変わらずですが、推定無罪どころか、無罪判決後も
ああだこうだと書く自己正当化の執念は気持ち悪い限りです)

そんな中で、今回の「無罪」判決がありました。

マスコミ報道に対する批判がツイッターなどでもずいぶん書き込まれ
私はそれ自体は健全な感覚だと思います。

ただ、ちょっと私の意見として注文をつけたいのですが
マスコミ報道は、問題のおおもとなのでしょうか。

たしかに、マスコミ報道が国民世論に大きな影響をもたらします。

が、マスコミは良くも悪くも「拡散屋」なのです。
マスコミにそのような報道をさせたのは何か、そこまで考えてこそ、
はじめて真相に肉薄できるのではないでしょうか。

オカルト・疑似科学(批判)も同じことなのです。

物理学帝国主義は社会の中の疑似科学には迫れない

ジャパンスケプティクスの松田卓也会長は、
マスコミ報道の、科学的に正解でない片言節句を取り出して
記者が理系じゃないからこんなことを書くという「批評」を
ジャパンスケプティクスの機関誌に書いた事実があります。

まあ、そういう批評も「言論の自由」ではありますが、
そこにスケプティクスのセンスは感じられません。

もちろん、専門家が科学的な既知から
間違いを指摘すること自体は意味はあります。

ただ、「記者の知識」を追求するところで止まってしまったら
極端にいえば、ジャーナリストは
学位のない分野の記事は書けなくなってしまいます。

そもそも人間は万能ではないのです。
記者にそんな前提を持つこと自体、現実的ではありません。

マスコミは「拡散屋」です。
ニュースソースとスポンサーで読み物はできあがるのです。
逆に言えば、それなしに読み物は作れないのです
これは、個別の記者の知識以前の大前提です。

こんな当たり前のことを、その物理学者は忘れています。

つまり、個別の記者の記事の「間違い」を
個別記者の知識に拠るとして完結するのではなく
そのように間違いを含む記事を書く、そのメディアの方向性は
何によるものなのか、という懐疑をもたなければ、
「間違った記事」の真相には迫れません。

マスコミの、さらに一記者に根源的な責任を
求めてしまったら、マスコミにそう書かせてしまった
「真犯人」を見落としてしまう、ということです。

そこまで思い至るセンスこそが懐疑的精神の真骨頂なのです。

記事の間違いを我田引水につっこむだけで終わるなら
いくら専門的な話であろうが
その限りでは2ちゃんねるの書き込みと大差ありません。

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