週刊文春と「ニセ科学」の続編

   2015/02/12

週刊文春について前回書きましたが、今回もその続きです。前回、私は「週刊文春」は保守本流応援団マスコミだということを書きました。すると、まるで同誌がそれに反論するがごとく、翌々週に面白い記事を出してきました。

週刊文春とニセ科学

トップは、「退陣勧告スクープ」と銘打ち、
「野田佳彦総理の前後援会長である歯科医師が、
社会保障費21億円を搾取していた、
この男に『消費増税』を行う資格なし」という記事です。

つまり、一応、野田佳彦総理の批判記事です。

その記事をご覧になって、
「ゴミクズ野郎・草野直樹の言っていることはおかしい。
週刊文春は保守本流応援団マスコミというが、
野田佳彦総理の叩き記事もちゃんと書いているではないか」
と思われた方もおられるようです。

ええ、たしかに書かれていますよ。

ただし、「今更」という言葉を前につけるべきです。

三党合意で消費税増税法案は通りました。

もしこれが、衆議院の採決前に掲載されれば話は別ですが、
法案が通ることが決まってから、「退陣勧告スクープ」といっても、
そんなものは、「ちゃんと書いている」とはいえません。

むしろ、これは、週刊文春が、
「誰に対してもタブーなしに書き立てますよ。
小沢一郎も叩くが、野田佳彦も叩いているのだから私たちは公平でしょう」
というアリバイ作りとして書かれたものではないかと見ることもできます。

裏読みすれば、この記事は、自由民主党よ、
消費税増税も決まったことだし、
はやく民主党をお役ご免にして野田佳彦を引きずりおろせ、
とハッパをかけているようにも見ることができます。

少なくとも、これをもって同誌が
「保守本流応援団ではない」という
反証にはなりません。

マスコミは、しばしば「不偏不党」とか、
「右も左も叩く」といった言い方で、
自らの中立公平さをアピールすることがあります。

私には信じられないことですが
世間知らずの方は、
たとえベテランの物理学者でも
これを額面どおり受け止めているようです

ジャパンスケプティクスでは、「奇跡の詩人」問題の時
長老物理学者は、NHKがそんなことするなんて信じられないと
びっくりしていましたし、

ジャパンスケプティクス機関誌『NEWSLETTER』では、
松田卓也氏が、NHKのメディアとしての権威や信用を評価している件があります。

だから、NHKと朝日と文藝春秋は立派なメディアで
日刊ゲンダイは偏向していて、
アサヒ芸能や週刊実話はゲスなカスとり雑誌だ……
などというメディアのランク付けが先入観として離れない。

私に言わせれば、そういう先入観こそが
疑似科学にだまされるメンタリティなのだと思います。

そういう人は、権威や世間体やイメージに負けてしまい
ノーベル賞科学者でも間違えることがあれば
便所の落書きでも正しいことはある、ということを
いつの間にか忘れてしまっているのでしょう。

不偏不党とはなんだ

朝日新聞などは、自らの「綱領」に「不偏不党」を明記しています。
マスコミ機関として、なにを勘違いしているのだろうと私は思います。

権威と、既存の知識に凝り固まって
私の言っていることの意味がわからない方は
今回いい機会なのでちょっと考えてください。

国会は、与党がいて野党がいます。
政権与党は多数派であり、政治をリードする側であり、
それをチェックする野党とは立場が違います。

政治の責任を、与党と野党では同列には求められないはずです。
野党の「反対の仕方」に論評すべきことがあったとしても、
それは政府・与党の政権運営に対するものですから、
おおもとの責任は政府・与党側にあります。

にもかかわらず、ことさら「不偏不党」とか、
「右も左も叩く」といった「中立」をうたうということは、
いうなれば「両成敗」してしまうことに等しいのです。

それは、権限、権力をもつ側の責任を免罪するだけでなく、
結局、今の社会構造を何も変える気がない、ということです。

「不偏不党」「右も左も叩く」というのは、
うわべの言葉と実態は違い、本質的には保守ジャーナリズムに
陥ってしまうのです。

もちろん、今の政治を是とする立場から、
主に野党を批判する保守ジャーナリズムがあることを
否定するつもりはまったくありません。
ただ、その場合は、正々堂々と政府・与党側であることを旗幟鮮明にすべきです。

アリバイ的に、
保守を峰打ちして不偏不党を装うのは、
読者に対する欺瞞です。

誤解のないように書いておくと
今回の野田総理の後援者の記事が
でたらめだ、といっているのではありませんよ。

記事自体は「欺瞞」ではなく、
正当な批判精神で叩いているのでしょう。

ただし、その叩く論点や叩く時期などを巧妙にずらすことで
中立の建前と、「保守ジャーナリズム」の本音を両立させることはできる
ということはみなさんに知っていただきたいのです。

そこをきちんと見ることができるかどうか。
そのための「懐疑的精神」ではありませんか。

そういう巧妙さを見抜けなければ、
社会の中の疑似科学を見抜くことはできません。

これを、たんに、表に出ている記事だけで判断したら
「小沢一郎も批判している」
「日本共産党も批判している」
「田中角栄も批判している」
「野田佳彦も批判している」
「原辰徳も批判している」
「雅子妃も批判している」

だから、文藝春秋社は
まさに誰に対してもタブーのない不偏不党・中立のジャーナリズムだ
という答えしか出てこないでしょう。

「表」だけを見て「ウラ」を見ないとだめなんです。

いくら既存の知識をコレクションしまくっても
ウラを読むセンスがないと、
誘導者の注文にひっかかってしまうのです。

このことを
このメルマガの趣旨に書き換えると

つまり、断片的な科学知識のコレクターになっても
社会において、疑似科学がいかなる仕組みで使われているか、
という構造をみるセンスがないと
疑似科学にコロッとだまされてしまうということです。

オウム真理教の
理系の高学歴者が疑似科学に騙されたのは
そういう弱さがあったからです。

オカルト・疑似科学に騙されないためには
科学教育が必要という一部科学者の視点が
いかに訓詁学的なものか、おわかりいただけましたか。

むしろ理系バカになって社会の仕組みもわからないほうが
フツーの人たちよりも
よほど疑似科学にだまされるリスクが高いと
私は思います。

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