子ども手当、ホントに要らないの?

   2015/06/12

子ども手当
子ども手当、ホントに要らないの?朝日新聞社が2月12、13日の全国世論調査で、子ども手当の満額支給(月額2万6000円)を断念することへの賛否を尋ねたところ、賛成が72%を占め、反対は21%だったと報じている。昨年あたりからこのての調査は、様々なメディアや調査機関によって行われているが、総じて子ども手当を支持しない結果が出ている。

たとえば、昨年4月に読売新聞社が行った世論調査では、子ども手当に賛成の人は44%と過半数を切っていた。

ネットでは楽天リサーチがモニター1000人に調査(第49回内憂外患世論調査)を行っているが、もっと数字は低く、子ども手当ての支給に「賛成」が27.6%(「反対」が45.5%)しかいなかった。

これらのアンケートの手法や結果が、統計学的に有意であるかどうかは明確ではない。

が、少なくとも一定数の人が同じ質問についていっせいに回答した結果であるから、テレビの瞬間視聴率ではないが、社会のある時点における国民の表現として受け止めるべきことではあるだろう。

それにしても、子ども手当。随分嫌われてしまったものである。

しかし、ちょっと考えると、これはおかしいと思う。子供を作る予定のない人や、もう子どもが成人した人、もしくは民主党政権の何もかもを否定したい人ならともかく、現在育児・子育ての最中にある人、これから子どもを作りたい人がこう答えたのだとしたら、それは本心ではないだろう。

日本銀行の金融広報中央委員会が毎年行う「家計の金融資産に関する世論調査」(サンプルは全国1万世帯)によると、貯蓄を保有していない世帯が23.8%、貯蓄を保有していない2人以上の世帯が22.8%、貯蓄を保有していない単身世帯が41.1%という結果が出ており、しかも、この数字は昨年の同じ調査よりも増加しているという。

まさに「現在育児・子育ての最中にある人、これから子どもを作りたい人」の経済状態は、より深刻になっているという調査結果だ。

テレビ番組のインタビューを見ていると、バラ撒きで子どもの世代に借金を残すのは心苦しいから子ども手当には賛成できない、となどと言う子連れの主婦が出てくる。

筆者は、そのような綺麗事のインタビューを見るたびに、「ウソつけ」と呟いている。

国の赤字が何兆円だろうが、くれるというならいただきたい、生活が切実なら普通はそう思うのではないのか。

そんなに社会について案じているのなら、生ゴミに分別ゴミを混ぜて出したことはないのか。往来でタバコを吸ったことはないのか。親に破綻しかけている年金の受給を辞退させたのか。ノーだろう。子ども手当だけ、なぜそんなに社会に対して理解があるのだ。

要するにそれは、マスコミや、子ども手当の関係ない国民の顔色をうかがった「良識」なのだろう。

もう一度思い出して欲しい。そもそも、民主党はそれを掲げて選挙に勝った。そして、「政権交代」したばかりの09年9月時点でも、「読売新聞」の調査では「子ども手当」に過半数の60%が賛成しているのだ。

それが、時間とともに反対の声が強くなっていった。そこで、子持ちの人たちもそう言わざるを得なくなったのだ。

育児・子育てを真面目にやっている大多数の親からすれば、「お金など渡したらパチンコに行ってしまう」などという一部の者の喧伝は、親としての労苦を愚弄する許しがたい「懸念」である。

中には子育てを経験もしているであろう一般の国民が、そんな愚弄を愚弄と認識できないで「心配」してしまう理由は、ふたつあると筆者は考える。

ひとつは、いわれているように民主党が理念も財源も曖昧なまま調子よくぶちあげてしまったことだ。同党が政権を取ってから、マニフェストを守れず矛盾と動揺に満ちた方向に迷走する中で、推進すべき個々の政策までが国民の信用を失ってしまったのである。

当初から与党に入った社民党や、文教福祉関係なら賛成しそうな「建設的野党」を標榜した日本共産党でさえ、2万6000円という額には不賛成、もしくは懐疑的な立場だった。

では両党はいくらを提案していたかというと、児童手当並みの1万円だった。民主党内も、岡田克也幹事長の提案は1万1000円だった。多数の合意形成と予算を考えた場合、そのへんが妥当ではなかったのか。

そうならなかったのは、時の宰相、鳩山由紀夫の「いいかげんさ」にある。最近、「方便」発言で改めて問題になっているが、本当にこの人の「軽さ」は罪深い。

もうひとつは、該当しない人の不満である。

大和総研では、「子ども手当を支持する人が少ないのは、子どもを持っている人が少ないからであるようだ。高齢者は子どもよりも、年金と医療に予算を使うことを求めている」(専務理事チーフエコノミスト・原田泰)と考察している。

ましてや、それを口実に税金の控除の一部が廃止されるのだから、「そんなもの、いらない」という気持ちになってしまうのも仕方ないのかもしれない。

だが、生けとし生きる者が平等にチャンスを得られ、協力して未来を創造できるような社会の建設自体は、誰にとっても望ましいことだろう。

社会の未来づくりには、子どもへの支援を行うことが大切だ。もちろん、保育所なども含めたトータルなカバーは必要だが、その保護者に対してもっとも切実な現金を支給するのは、これまでの児童手当同様に間違ったこととはいえない。

財源というが、現在の行政体制を変革、つまり社会の仕組みを変えて無駄遣いや非合理な支出はやめ、格差是正や国民生活に回す。民主党は少なくともその道筋を示すべきだった。

そのための政権交代ではなかったのだろうか。だが、今の菅政権がその初心を覚えているとは思えない。さすれば、今の政権は「交代」する資格自体がないだろう。

そして、子ども手当に対する考え方が変わったり、いまだに菅政権を支持したりしている国民は、政権交代とは何だったのか、今の政権はなぜああなったしまったのかを解説している平野貞夫氏の『日本一新』を読み、よく考えて欲しい。

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